船橋大神宮の灯台の内部を見学体験・初詣時だけに公開される貴重スポット

船橋の神社・仏閣

船橋大神宮灯明台が内部公開?

こんなチャンスはめったにないよ!

2026年1月3日、船橋大神宮に初詣に行ってまいりましたが、灯明台の内部が特別公開されていました。

船橋大神宮のシンボル・灯明台の内部公開は正月三が日限定です。

普段は外から眺めるだけの灯明台ですが、中に入れる機会はほとんどありません。思いもよらぬ貴重な体験をしてまいりました。

船橋大神宮灯明台内部

皆様にもこの貴重な体験を共有したいと思いますので、僕が感じた灯明台内部の雰囲気、灯明台の歴史や役割などをお伝えしたいと思います。

船橋大神宮灯明台の内部を見学!

灯明台の歴史

境内の標高27メートルの小高い丘の上に建てられた船橋大神宮の灯明台。その歴史は江戸時代までさかのぼります。

上の画像は灯明台が立っている小高い丘の上から境内の方向を撮ったものです。急な斜面で社殿のある境内とかなりの高低差があるのがわかります

江戸時代の昔は、船橋大神宮の目の前は海でした。当時の海岸線は現在の国道14号線のラインと言われています。

船橋の海は「御菜浦」と呼ばれる豊かな漁場で、ここでとれた水産物は将軍家へ献上されていました。船橋の海はたくさんの漁船が行きかいとても賑やかだったそうです。

船が安全に航行するには光が必要。船橋の港から出る漁船にとって船橋大神宮の常夜灯は欠かすことができない命綱そのものだったんですね。

船橋大神宮 灯明台案内板

幕末の1868年の戊辰戦争で焼失してしまいましたが、1885年に再建されました。

灯明台は県指定の有形民俗文化財にも指定されている歴史のある建物です。

灯明台の内部構造(階段と和室)

船橋大神宮灯明台 内部階段

灯明台内部にいよいよ入りました。

建物に入ってすぐめちゃくちゃ急な階段が現れました。手すりにつかまらないと絶対に下に落ちてしまうようなちょっと怖い階段です。

うわー!こんなのを上るのか?ちょっと怖いなと思いました。

船橋大神宮灯明台

階段を登りきると10畳くらいの和室になってました。

この和室は何のための部屋なのだろうかと思いましたが、後で調べてみますと灯明台を管理する人(点火する人、見回りをする人)の宿舎として利用されていたそうです。

船橋大神宮灯明台

船橋大神宮 灯明台

おそらくこの窓からこの灯明台で見回り担当として働いている人が目の前の海と行き交う船の見回りをしていたんでしょうね。今はここから海は見えませんが・・・

昭和に入り高度成長期に船橋の海がどんどん埋め立てられ海岸線が遠くなってしまい、灯台としての役目を果たせなくなり、この和室は書庫として使われていたそうです。

灯明台内部の和室に不思議な木彫りの像が!

船橋大神宮灯明台

灯明台の内部の和室に不思議な木彫りの像が安置されていました。

書籍や資料、公開情報などをもとに調べてみましたが正式な記録は見当たりませんでした。ですが次の二つのうちのいずれかという可能性があります

  • 毘沙門天
  • 八幡武神像

八幡武神像とは

八幡神とは日本で古くから信仰されている神様です。日本各地に点在する八幡宮の主祭神であり、全国の武家から武運の神として崇められている大変ありがたい神様です。

八幡神はもともとは4世紀後半に実在したといわれる応神天皇のご神体です。応神天皇は近畿、西日本、更には東日本を平定していきました。どんどん武力で勢力を拡大していったのが後の世に武神として崇拝されるようになった所以です。

この不思議な像、一見すると七福神(特に弁財天)にも見えますが、一般的な七福神像には見られない特徴がいくつか確認できます。

  • 背中に弓矢を背負っている
  • 武将風の装束を着ている
  • 背後に自然(木・山・動物)を象徴する意匠がある

このことからこの不思議な像は「八幡武神像」である可能性が高いという結論に至りました。

船橋大神宮と八幡武神の関係とは?

八幡武神像がなぜ船橋大神宮の灯明台の内部の和室に安置されているのでしょうか?ここから先は僕の推論ではありますが・・・

船橋大神宮は天照大御神を祀っています。八幡神は天照皇大神に次ぐ皇室の守護神とされていたそうなので、日本各地に存在する八幡宮と深い関係があるのかもしれません。

船橋大神宮は八幡神を祀る八幡宮ではありません。しかし歴史のある古い神社ですので八幡神像が置かれていても不思議ではありません。

灯明台の光はどうやって灯されていたのか

今回の船橋大神宮灯明台の内部公開では、発光施設のある3階部分には上がれず貴重な写真は撮影できませんでした。でも調べてみますと江戸の昔にどうやって船橋の海を行き交う漁船の安全を担う光を発していたか。その構造が分かりました。

明治の再建後は灯油でランプを灯し、3基の鏡でランプの光を反射させていたそうです。その光は力強く海上約6マイル(9.7km)に達したそうです。

江戸時代の昔は電気はおろかランプなんてのもなかったですから、おそらくロウソクを灯して鏡で反射させていたのでしょうか?歴史というのはこのように想像してみるのも面白いですね。

船橋大神宮灯明台内部公開まとめ

普段外から眺めるだけの灯明台ですが、内部を公開されていたので中の様子を伺い知ることができました。船橋の歴史のすばらしさをあたらめて考える機会になりました。

お正月の期間は灯明台が内部公開されていますので、機会がありましたら是非皆様も体験されたら良いですね。

参考資料:全国漁港漁場整備協会「灯台・常夜灯の歴史」

https://gyokou.or.jp/100sen/pdf/tradition_016.pdf

船橋大神宮の初詣全体の様子については、以下のメイン記事で詳しく紹介しています。

船橋大神宮初詣を現地レポート/能舞台と露店に感じた日本の正月
船橋大神宮初詣いたしました。参拝の列の混雑ぶり、灯明台の内部公開や神楽など貴重な体験をしましたのでレポートいたします。

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